
現代イギリス文学を代表する作家の一人であるアリ・スミス。
今回は秋から始まり夏で完結する長編小説、四季四部作をご紹介します。
秋を読んだ感想


眠り続ける101歳の老人ダニエルと、その彼を見舞うエリサベス。老人の断片的な記憶、エリサベスとダニエル二人の思い出や日常が淡々と描かれてゆく。劇的なストーリー展開はなくとも、引き込まれるエピソードがいくつもある。この作品は最初のポストEU離脱小説といわれ、世界情勢に疎いそんな私でも軽やかに読めました。
あらすじ
国民投票でEU離脱が決まったことも知らず、101歳のダニエルは、イギリスのとある村の療養施設で眠り続けている。
足しげく彼を見舞い、語りかけ、本を読んできかせるエリサベスは32歳の非常勤講師。少女時代を過ごした家の隣人がダニエルだった。
当時すでに老人だった彼は、エリサベスに詩や小説、舞台や音楽、絵画の魅力を折にふれ伝え、いつもこう訊ねた。「何を読んでいるのかな?」
エリサベスと母との確執、60年代に早世した女性ポップアーティストとダニエルのかなわなかった恋、ナチの手にわたったらしい彼の妹・・。かつてない分断にさらされるイギリスと、時代の変転を越えてつづいてゆく人々の人生を描いたブッカー賞最終候補作。
アリ・スミス 秋 表紙裏より抜粋
秋から始まるこの物語は、他の3冊「冬」「春」「夏」と比べると、とても静かに進んでゆく印象でした。
ストーリーの展開は激しくないけれども、眠り続ける老人ダニエルの人生を読み込んでいくことで、この物語は深く読者の心に浸透するような作品です。
ちなみにこの四季シリーズは単体でも読める作品になっていますが、全て読むと繋がっている登場人物がわかるので、4冊読むことをオススメします。



読む順番は、「秋」「冬」「春」「夏」です
印象に残った、「秋」のなかのダニエルのセリフです
いつでも何かを読んでいなくちゃ駄目だ、と彼は言った。文字通りに本を読んでいないときでも。じゃないと、世界を読むなんて不可能だろう?
アリ・スミス 秋 67ページより抜粋
この物語はEU離脱という国の混乱と、国民の声を代弁したような表現が印象に残る作品でもあります。
印象的な言葉たち
あたしはもう、ニュースに疲れた。大したこともない出来事を派手に伝えるニュースに疲れた。本当に恐ろしいことをすごく単純に伝えるニュースにも疲れた。(中略)嘘をつく政府にもうんざり。もう嘘をつかれてもどうでもよくなっている国民にもうんざり。その恐ろしさを日々突きつけられることにもうんざり。
アリ・スミス 秋 57ページより抜粋
冬を読んだ感想
四季シリーズの中で一番好きな作品。「秋」に比べてこちらのほうがストーリーに入り込めた。「〜は、死んだ」と、言葉の意味を探るシーンが心に残りました。
あらすじ
事業が行きづまり、コーンウォールの邸宅に一人暮らす老いた女性。近頃は見知らぬ子供の頭が視界に現われ落ち着かない。
いっしょにクリスマスを過ごそうと、息子とその恋人がロンドンから訪ねてくるものの、母はすっかり塞ぎこんでいる。
じつは息子のほうも本物の恋人と喧嘩別れをしたばかりで、同行した「恋人」は、金を払って雇った移民の女性なのだった。この恋人の提案で、母とは30年間音信不通の破天荒な伯母も、人里離れた屋敷にやってくる。
犬猿の仲だった姉妹の再会が埋もれていた家族の歴史を呼び覚まし、偽の恋人のあたたかく率直なふるまいが、ひびの入った一家を甦らせてゆく。
EU離脱が決定した2016年、人びとの落胆と社会の分断を背景に描かれる、「四季四部作」の冬物語。
アリ・スミス 冬 表紙裏より抜粋
この物語は、複雑な関係のアイリスとソフィアという老姉妹と、ソフィアの息子アート、アートの恋人であるシャーロットと、その恋人のふりをする女性ラックスで展開する。
壊れてしまった人間関係が、どうなってゆくのか・・・。厳しい冬でもいつかは必ず春がやってくるように、人びとの心に積もった雪を溶かしてほしい。
恋人のふりをする移民の一人の女性が、実際に分断されたイギリスに一筋の光をもたらすみたいにも読み取れる作品でした。
登場人物のアートがブログをやっていて、同じ立場の私としてはそういう意味でも面白く読めました。
印象に残ったセリフです
共通の話題はいくらでもある、とラックスは言う。あの人はあなたの歴史。
それもまた肉と人間との違いよ。誤解しないでね、動物と人間との違いってわけじゃない。動物は進化を知ってる。私たちには動物にはない能力がある。
自分がどこから来たかを知っている。それを忘れるのは、自分がどうやってできたかー自分がどこへ向かうのかーを忘れるのは、まるで、何だろう、自分の頭をどこかに置き忘れるようなもの。
アリ・スミス 冬 314ページより抜粋
この小説内には様々な本からの引用や、シェイクスピアの台詞のもじりであったりが散りばめられていて、その点も非常に興味深く勉強になります。
私が気になった引用作品はこちら
春を読んだ感想


イギリスの社会問題がストーリーに盛り込まれているので、自分にとっては馴染みがなく少し難しかった。大切な人を失うシーンが印象に残ったので、私は喪失の物語として読みました。
あらすじ
かつては記憶に残るテレビ映画を多く作ってきた演出家リチャードは、長年の相棒だった女性脚本家パディーを病で亡くした絶望から、ある日打ち合わせをすっぽかし北へ向かう列車に乗った。
一方、移民収容施設で働くブリタニーは、収容者の処遇を恋人に批判されながらも仕事をやめられない。その彼女の前に、収容所長に直談判し収容者用トイレの清掃を実現したと噂の少女フローレンスが現れた。
北へ向かうというフローレンスを追い列車に乗るブリタニー。二人はスコットランドの片田舎でリチャードと出会い、フローレンスを知っているらしい地元女性の車に乗る。
偶然から始まった旅は四人をどこへ導くのか。EU離脱で混迷が深まるイギリスを描く「四季四部作」の春篇。
アリ・スミス 春 表紙裏より抜粋
この物語は、リチャードというテレビ映画の演出家である男が大切な人を失って絶望しているシーンから始まる。特に印象的なのが、それまで数多くの物語に触れていたリチャードが、その絶望から「物語」を拒絶しているところです。
ここでいう「物語」とは、人生であったりイギリスの国の状態であったりといろんな角度で読みとることができます。
前作の「冬」と比べると、この「春」は自分にとって少し分かりにくいと感じました。
移民収容所で働く女性の話があるので、イギリスの社会問題が色濃く出ていてその辺の知識が自分にもっとあれば、ストーリーに入り込めたかもしれません。
この小説内には実際の作家である、リルケとマンスフィールドのエピソードが出てきます。海外文学に精通している方はご存知だと思いますが、私は知らなかったので作品を読みたいと思いました。
私が気になった作品はこちら
夏を読んだ感想


物語自体は読みやすく堅苦しくないですが、この作品はイギリスの国について詳しくない自分には全体的に少し分かりにくいところもありました。しかしその分、著者の想いは文面から伝わってくる作品なので、これを機会にイギリスのことについてもっと知りたくなりました。
あらすじ
イギリス南部ブライトンに暮らす少女サシャは、環境破壊や貧困問題に憤慨しながら、問題行動を繰り返す弟ロバートに日々手を焼いている。
サシャはある日、母の形見の丸い石を東部サフォークに住む元の持ち主に返す旅の途中というアートと、一緒にブログを書いているシャーロットに出会った。二人は姉弟の母グレースと意気投合し、ロバートはシャーロットに一目ぼれ。家族三人はアートたちの旅に同行することになった。
一方、石の元の持ち主で百歳を超える老人ダニエルは、ベッドで夢を見ている。戦時中、ドイツ系ユダヤ人として敵性外国人と見なされ収容所に入れられた記憶、そしてフランスで行方を絶った妹のことー
EU離脱による分断を描くことから始まった四部作の、パンデミック下で書かれた最終巻。
アリ・スミス 夏 表紙裏より抜粋
これまでの三作品の集大成的な「夏」は、今までの登場人物たちの伏線回収もされていきます。それぞれの物語はどんな風に語られてゆくのか・・・。
今回新たに登場するサシャという少女の、環境破壊や言語に対して真摯に向き合うキャラクターが良かった。
個人的には一番共感できる登場人物、アートとシャーロットふたりの結末も良かったです。
この「夏」には「四季四部作」の全てを物語っているような一節があって、そこも心に残りました。
印象に残った一節はこちら
ここで揺れている木々の満ち足りた姿。
イギリスらしい夏の太陽の下をわずか二十分歩いただけで、彼女の身に何が起きたかを見てほしい。
彼女はすっかり思考の深みに沈んだ。
でも、それが夏だ。夏という季節はちょうどこんな一本道を、光と闇の両方に向かって歩くのに似ている。
夏は単なる陽気なお話ではないから。
闇を伴わない陽気なお話など存在しないから。
アリ・スミス 夏 295ページより抜粋



四季四部作のまとめ感想
五月 その他の短篇を読んだ感想
どこか掴みどころのない、視点が次々に変わっていくふわふわとした印象の物語が詰まった短篇集。登場人物が女性中心になっているのも、この小説の魅力のひとつ。アリ・スミスは、物語の筋とは別のところで心に刺さる言葉に出合うことが多い。自分だけの、特別な言葉にあなたも出合うことができるかも。



最後までお読みいただきありがとうございます。
他のイギリス文学の記事はこちら

